香りには、不思議な力があるものです。それは単なる「いい匂い」ではなく、どこかその人の内面を映し出すかのように、纏う人と香りが一体となって私たちに印象を与えます。けれど、どんな香りでも合うわけではなく、その人にしっくりと馴染む香りもあれば、どこかちぐはぐなものもある。香りには相性があるのです。
まず、香りは肌にのせた瞬間に変化します。それは肌の温度や性質、汗や油分といった個々の肌質が香りに影響を与えるためで、同じ香りをつけても、人によって異なる印象になることがよくあります。自分の肌にのせて、ふわりと自然に広がる香りがあるとしたら、それはその人と相性が良い証でしょう。逆に、重く感じたり、香りが立ちすぎたりする場合は、どこかその人の肌に馴染んでいないのかもしれません。香りと肌との調和は、香水選びの大切な一歩です。
そして、香りにはそれぞれ「ノート」と呼ばれる香りの変化があります。香りをまとった瞬間のトップノート、少し経ってからのミドルノート、そして最後に残るベースノート。その移ろいが、纏う人の個性や雰囲気に自然に溶け込むかどうかも、香りの相性を決める一因です。たとえば、優しげで穏やかな印象の人には柔らかいフローラル系の香りがしっくりくるかもしれませんし、活発でエネルギッシュな人にはシトラスやグリーン系の香りが映えることがあるでしょう。香りのノートが、その人の個性と重なることで、その香りはただの「匂い」から「その人の香り」へと変わっていくのです。
さらに、香りは記憶や感情と強く結びついています。香りをまとった瞬間に過去の記憶が蘇ることがあるように、香りは私たちの感覚を通じて心に影響を及ぼします。例えば、バニラやムスクのような甘い香りは、どこかほっとした安らぎを感じさせてくれるでしょう。一方で、スパイシーな香りやウッディな香りは、力強さや個性を表現するためのエッセンスとなるかもしれません。その人のライフスタイルや気分に合った香りが相性良く感じられるのも、香りが持つこの感情の力ゆえなのです。
とはいえ、香りの相性はその人自身だけで決まるものではありません。香りは周囲にも影響を与えます。たとえば、強すぎる香りは周りに不快感を与えることがあるかもしれませんし、控えめで優しい香りは、そっと相手に寄り添うように響くことがあります。特に大切な人やパートナーがいる場合、その人が心地よく感じる香りを選ぶと、香りを通して心がつながるような親密さをもたらしてくれるでしょう。香りを分かち合うことで生まれる共鳴が、香りの相性を豊かにしてくれるのです。
最後に、香りには季節や時間帯との相性もあります。夏には爽やかで軽やかな香りが涼しさを感じさせ、冬には温かみのある香りがほっとするようなぬくもりをもたらします。また、日中には軽い香りが好まれる一方で、夜の特別なひとときには、深みのある香りがよりドラマチックな演出をしてくれるでしょう。こうした時間や季節に合わせた香り選びは、私たちの気分を変え、その場の雰囲気を作り出すための魔法のような役割を果たします。
香りは、まるでその人の分身のように、その人の存在を周囲に届ける手段です。相性の良い香りを選ぶことで、その人らしさがより際立ち、香りを通して自分自身を表現することができます。日々の中で自分の心に響く香りを見つける旅は、自分自身と対話する時間でもあり、香りとの相性を確かめるひとときでもあるのです。
1982年生まれ。学習院大学卒業後、英国ランカスター大学大学院にて修士課程を修了。帰国後フレグランス業界に従事し、数多くの商品をプロデュース。2010年にはプロデュース商品が日本フレグランス大賞を受賞。2012年1月にフレグランスメーカー「セントネーションズ」を設立以降、オリジナルブランド「ショーレイヤード」の企画・開発のほか、独自のネットワークの強みを生かし、あらゆるコンテンツとフレグランスを掛け合わせ、数多くの著名人やスポーツ選手、ブランドとのプロデュース商品を手がける。