香りを作る、小さな旅
香水を作るということは、まるで小さな旅に出るようなものだと思います。どんな景色を描きたいのか、どんな空気を感じたいのか、香りひとつひとつがその道しるべとなります。自分だけの香りを手作りする時間は、少し特別で、そしてとても贅沢なひとときです。
まず、香りのテーマを考えるところから始まります。私たちはどんな世界に足を踏み入れたいのでしょうか。たとえば、優雅な花園を散策しているような「フローラル」、静けさの中に温かみを感じる「ウッディ」、それともスパイスの香りがどこか神秘的な異国を思わせる「スパイシー」でしょうか。この最初の問いは、まるで旅先を地図で指し示すようなワクワク感を与えてくれます。
次に、香りの材料をそろえます。エッセンシャルオイルをひとつ手に取るたびに、それぞれが語りかけてくる物語に耳を傾けます。たとえば、ベルガモットのさわやかな香りには、青空の下で感じる新鮮な風を思い浮かべるでしょう。サンダルウッドをそっと嗅げば、森の奥深くに足を踏み入れたような静けさと温もりが心を包みます。この瞬間、香りがただの材料から、自分の心とつながる存在に変わるのです。
香りの構成を決めるときは、香水の三重奏、すなわち「トップノート」「ミドルノート」「ベースノート」を考えます。トップノートは旅の始まりです。軽やかで、第一印象を決める香りです。次に続くミドルノートは、その旅を彩るメインストーリー。そして最後に残るベースノートは、物語の余韻を楽しむ部分です。この3つをどのように組み合わせるかで、香水はその人だけの個性を持つのです。
実際に調香を始めると、その時間はとても静かで集中力を要します。1滴、また1滴とオイルを垂らし、香りを調整していく過程は、絵の具でキャンバスに絵を描くような感覚に近いかもしれません。エタノールやキャリアオイルを加えたら、よく混ぜ合わせて香りがなじむのを待ちます。
香水作りにおいて大切なのは「熟成」という時間です。調合したばかりの香りは、まだ全体がまとまっていません。1~2週間、冷暗所で寝かせることで、香料同士が溶け合い、香りに深みが生まれます。この待つ時間は、完成を楽しみにする喜びでもあり、少しだけ忍耐も必要な過程です。
そして、ボトルに移し替えたとき、自分だけの香りが完成します。その香りを纏った瞬間、旅のゴールにたどり着くような、また新しい冒険が始まるような気持ちになるのです。
香水作りは、ただの「ものづくり」ではありません。それは自分自身の感性と向き合い、香りを通して季節や記憶、心の中の風景を形にする旅のようなものです。時間をかけて作った香りは、きっと特別な意味を持ち、自分を包む優しい魔法になるでしょう。
1982年生まれ。学習院大学卒業後、英国ランカスター大学大学院にて修士課程を修了。帰国後フレグランス業界に従事し、数多くの商品をプロデュース。2010年にはプロデュース商品が日本フレグランス大賞を受賞。2012年1月にフレグランスメーカー「セントネーションズ」を設立以降、オリジナルブランド「ショーレイヤード」の企画・開発のほか、独自のネットワークの強みを生かし、あらゆるコンテンツとフレグランスを掛け合わせ、数多くの著名人やスポーツ選手、ブランドとのプロデュース商品を手がける。